ひとまち物語工房

キャリアカウンセリングとまちづくりの仕事をしている「ひとまち物語工房」の働き方や暮らし方を綴ります。

2019年09月

こんにちは!ひとまち物語工房の服部です。
3連休ですね〜。

溜まった仕事を片付けようと思っていたけど、
目の見えづらさもあって、最近疲れやすくて、
なかなかはかどりません。(T_T)

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でもまあ、ちょっとずつでもお仕事できることに感謝して、焦らず進めていきましょう!^^

 

こんにちは!ひとまち物語工房の服部です。

脳腫瘍を患って2回の入退院を繰り返して、僕の暮らす世界が少し変わってきています。
 

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まずは、見え方。

左端の視野が少し欠けているようです。

そこには無いものが残像のように見えることもあります。

例えば、先日は歩道を歩いていると左端に階段のようなものが見えました。

でも実際には階段はありません。

錯視の世界に迷い込んだ感じです。

 

パソコンを操作していて、既読のメールに未読のマークがついているように見えたり、マウスポインタを見失うこともしばしば。

お仕事でパソコンを使って作成した報告書の誤字を見つけられなかったり…。

目の見えづらさは、脳腫瘍によるものだけでなく、もともとの白内障や緑内障によるものもあるようですが、今はその治療に回す資金はなく…。

左右の視力差があるせいか空間認知に少し不自由さがあり、退院後の1週間ほどの間に調理中に包丁を足元に落とすということが2回ありました。

幸いにも刃は足に当たらなかったので、けがはありませんでした。

 

それから聞こえ方。

先日、ワークショップに参加して、3つのグループに分かれて話し合っていた時、両隣のグループの声が大きく聞こえて、自分のグループの話に集中できなくなって、この話を発達障害の方に話したら、お互いに共感できて嬉しくなったり…。

 

そして、手足の動き。

2回目の入院時から左の手足にごく軽い麻痺があります。

退院当初は、着替えができませんでした。シャツを着たり、ズボンをはいたりするときに、手足が思うように動かないことと、空間認知能力が下がっていることが相まって、服の前後や左右、裏表がわからないのです。

少しずつ回復に向かっているようですが、今も少し左の手足は重い感じがあります。

お酒をよく飲まれる方はわかるかもしれませんが、飲み過ぎて二日酔いの時に、手がむくんでいるような感覚が鈍っているような感じです。^^

 

これらの症状は立ち居振る舞いにも影響が出ています。

歩く時に周囲の状況を気にして、ぎこちなくおどおどした様子になったり、機敏な動きができなかったり、それに伴って話し方も少しおどおどしたり…。

 

そして日々の生活にも影響が出ています。

病に倒れる前は、朝5時半に起きて、朝食と昼のお弁当を作って仕事に行っていましたが、いまは身支度にこれまで以上に時間がかかりようになり、4時に起きて朝食とお弁当を作る毎日です。

 

午前中の仕事を終えて帰ってきたらヘトヘトで、少し昼寝をしないと体が持ちません。

そして、夜眠る時に携帯のアラームを朝4時にセットしますが、果たして明日の朝、僕は目覚めるのだろうかという不安を少し感じたりもするきょうこのごろです。

 

これが体が思うように動かないということなのか!

脳に障害があるということは、こういうことだったのか!

発達障害の世界ってこんな感んじなのか!

お年寄りの動きが鈍いのはこういうことだったのか!

という体験と気づきを得ているきょうこのごろでもあります。

 

さてこれからどうしたものか?

一人暮らしの不安に怯える僕を誰かもらってくれんかなぁ?(笑)

こんにちは!ひとまち物語工房の服部です。

今週は大変な1週間になりましたが、ぼちぼち回復しています。

 

91日(日曜日)の夜に自室で、98日開催のファシリテーションカフェの資料作りをパソコンでしていると、左手が痺れてきて、コントロールが効かなくなりました。

あわてて、うまく動かせない手で携帯を操作して救急車を呼んで、大田記念病院に搬送してもらい、なんとか生き延びました。

 

検査をしてもらったところ、今回治療にあたってくださった先生からは、これまで服用してきた薬が切れたことが原因と言われました。

 

放射線治療の終了とともに薬がなくなることは、最初に手術をしてくださった主治医の先生も僕も認識していましたが、投薬の方針が先生によって違っていたようです。

 

月曜の朝になって少し意識もはっきりしてきて、救急病棟から一般病棟に移りました。

少し仕事が立て込んでいたので、申し送り事項などを病室で書き留めて、職場に電話をして、伝えました。

 

幸い癌の進行は認められず、切れていた薬を点滴で投与していただいて効いてきて、

火曜日の午前中に退院できました。

先生からは、一人暮らしの危険性を指摘されました。

もう少し救急車を呼ぶのが遅れていたら、部屋で意識を失って、そのまま死に至っていたかもしれないと。

でも今は僕の暮らしを助けてくれる人はいない。

どうしたものか?



徐々に回復に向かってはいるようですが、ただ今回は左手に少し不自由さが残り、左の視野の欠落が少し大きくなったようで、空間認知が難しく、火曜日の朝は、退院の準備をするのに、布団をたたむことができず、ズボンをはくことができず、3時間くらい一人で格闘していましたが、入院の予定が立てこんでいたようで、看護師さんがやってきて、ズボンをはかせてもらい、荷物をまとめてもらって、追い立てられるように退院することになりました。それでも看護師さんは仕事に追われながらも終始優しく笑顔で対応してくださいました。

 

退院して、自室に戻り、荷物を置いて、国民健康保険の医療費限度額適用認定の手続きに市役所へ行ったところ、その窓口の職員さんの対応のひどさに頭が痛くなり、自室に戻って寝込んでしまいました。

 

それでも水曜日からは午前中だけですが、尾道での就労支援の仕事に戻りました。

出所間近な人たちの就労支援指導の授業をさせていただいて、社会復帰への真摯な思いを聴かせていただき、昨日の市役所での職員さんの仕事に対するひどい姿勢に傷ついた気持ちが少し癒されました。

午後に自室に戻ってからは、尾道の方たちの就労支援の資料作りを、無事に社会復帰されることを願って泣きながらしていました。

 

そして木曜ときょうも尾道のお仕事に行かせていただきました。

きょうは午前中に仕事を終えて、お天気が良かったので、久しぶりに港でお弁当を開いてランチしましたよ。

きょう最後の就労支援指導の授業を受けて間も無く出所する方からいただいた感謝の言葉を思い出しながら、幸せなひととき。


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明日は、府中市鵜飼町の「ふれあいホームうかい」で開かれるイベントに参加します。

そして明後日は、予定通り「ファシリテーションカフェ」を開催しますよ!

 

まだ月曜日の点滴の針の痛みが残っていますが、こうして投稿もできるようになり、すこしずつ回復しています。

 

そろそろ来年度の仕事のことも考えないといけない時期。

今回はちょっと死ぬかもしれないと思ったけど、まだまだ死ねない。

 

福山市にはちょっと失望した。

行政から見た今の僕のステータスは、「身寄りのない収入の少ない(=税収の足しにならない)病気の独居老人」であり、排除すべき地域課題そのものなのだろうと思い知らされた。

 

さて、来年度は、どこで何しよう?

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