こんにちは、ひとまち物語工房の服部です。
 

先日、ある方と語り合う中で、「自分にはとにかくわけのわからない自信だけはある。」というお話を伺いました。

 

いわゆる「根拠のない自信」というものを持っていると言うのです。

「根拠のない自信」=「自己肯定感」とも言えるかも知れません。

どちらかと言うと自己肯定感が低いと思っている僕にとっては、羨ましくもあり、気になるお話でした。

 

そこで、その「わけのわからない自信」についてもう少し聴いてみました。

「その自信ってどんな感覚なんですか?その自信はどこから湧いているんですか?常にその自信が湧き出ているんですか?」みたいな質問を投げてみました。

 

するとしばらく考えて、「常に湧いているわけではなくて、人との話の中で気づくもの」という答えが返ってきました。

その方は、仕事で部下や後輩の育成にも携わる立場の方で、常に部下や後輩のひとりひとりに合わせて、その人が自信を持って力を発揮できることを願って関わってこられたとのこと。

その部下や後輩と話す中で、自信を持って話している自分に気づくということでした。

そして、その部下や後輩が自信をつけて、自分のやりたいことを見つけて成功していく姿を見てきたとのことでした。

 

人に自信を与える自分に根拠のない自信を感じていらっしゃるその方に、「その自信は、どうしてできてきたのですか?」と、うかつにも根拠のない自信の根拠を尋ねてしまいました。(笑)

 

するとその方は、生まれ育ってきた環境や仕事で自分を育ててくださった方の影響だろうとおっしゃいました。

 
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ここからは、その方と別れてからの自問自答です。

結局、根拠のない自信には、根拠があったのかと思いました。

自分の話を聞いてくれる部下や後輩がいることや、部下や後輩の成長を見てきたことなどの成功事例=根拠があって、育まれた自信なのかな。

でも部下との話の中で気づく自信は、部下と話す前から自分が持っているものなんだろうし、それは生まれつきのものなのだろうか?

でも生まれ育った環境の影響とも言ってたし…。

 

結局、根拠のない自信なんてありえないんだろうか?

でもその方と話しながら、その方の話す姿を見ながら、自己肯定感が低いと思う自分にもなにがしかの根拠のない自信があるようにも思えてきていました。

 

そしてその根拠のない自信はどこから来ているんだろうと、またその根拠を探ろうとしてしまう僕です。

いろいろ自問自答して探りながら、僕の場合、それは自然体験にあるのかも知れないなぁと思いました。

 

僕の父は島根県の隠岐の島の出身です。僕が小学生のころは毎年隠岐の島に連れて行ってもらいました。

海に潜って魚を採ったり、山に入ってカブトムシやクワガタムシを探したりという体験があり、その時に体感した自然の中で生きている実感が、僕のわずかな根拠のない自信を育んだのかもしれません。

 

えっと、やっぱりそこにも根拠はあるってことなんかな?

 

自然の中で生きている実感が根拠ない自信や自己肯定感を育むのかな?

自然の中で生きていける自信が、根拠のない自信ということなのかな?

 

ん〜わからないけど、僕にとっては、自然の中に身を置くことが大切なのかも。

最近、キャンプに行ってないなぁ。

焚き火してないなぁ。

焚き火したいなぁ。

焚き火したら元気でるかなぁ?

でも一人で行くんは寂しいなぁ。
 

ん〜なんだかせつなくなってきた。

もうすぐクリスマスかぁ…。

人恋しくなってきた。

 

またあした。